Vol.01 なぜエトロ=ペイズリーなのか?テキスタイルメーカーから始まった「文様」への執念と系譜

イタリアのラグジュアリーブランドと聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。
グッチ、プラダ、フェラガモ…。その多くは、鞄工房や皮革職人としてのルーツを持っています。

しかし、ETRO(エトロ)だけは、その「生まれ」が決定的に異なります。

1968年のミラノ。エトロはファッションブランドとしてではなく、「テキスタイル(生地)メーカー」としてその歴史をスタートさせました。

創業者のジンモ・エトロは、世界中を旅するアンティーク収集家でもありました。彼が古い文献やインドのカシミール・ショールから見つけ出し、現代に蘇らせたのが、あの象徴的な「ペイズリー柄」です。

一見すると派手で、少しマダムな印象を持たれがちなペイズリー。しかし、その模様の起源が古代メソポタミア文明にあり、「生命の樹(Tree of Life)」を意味する幸運のお守りであることを知る人は多くありません。

なぜ、エトロはこれほどまでに「柄」と「布」にこだわるのか?
なぜ、流行が移り変わってもペイズリーを作り続けるのか?

本記事では、『Mode Pedigree』の視点で、エトロというブランドの特異な歴史と、テキスタイルに込められた哲学を紐解いていきます。これを読み終える頃には、あの複雑な模様が、単なる柄ではなく「芸術」に見えてくるはずです。


1968年の創業、ジンモ・エトロの冒険

多くのラグジュアリーブランドが「革」から歴史を紡ぎ始めたのに対し、エトロの物語は「糸」から始まります。

創業者のジンモ・エトロ(Gimmo Etro)は、1968年に自身の名を冠したテキスタイルメーカーを設立しました。当初の彼の仕事は、オートクチュールや他の高級ブランドに向けて、最高品質の生地を供給することでした。

しかし、ジンモはただの生地屋ではありませんでした。彼は情熱的な旅人であり、古い文化や民芸品を愛するアンティーク・コレクターでもあったのです。

「古いものの中にこそ、新しい発見がある」

彼は旅先で出会った古い布地や、歴史の中に埋もれてしまった文様を収集し、それを現代の技術で再現することに情熱を注ぎました。この「収集癖」とも言える探究心こそが、後のエトロの運命を決定づけることになります。

なぜ「ペイズリー」だったのか?その深い意味

エトロを象徴する「ペイズリー柄」がコレクションに初めて登場したのは、1981年のことです。

ジンモ・エトロが魅せられたのは、19世紀のヨーロッパで大流行し、その後廃れてしまった「カシミール・ショール」の紋様でした。

「生命の樹」の種子としてのペイズリー

独特な「勾玉(まがたま)」のような形をしたペイズリー。実はこの形の起源は、紀元前のメソポタミア文明まで遡ります。

モチーフとなっているのは「ナツメヤシの種子」です。

砂漠地帯において、飢えや渇きを癒やすナツメヤシは「生命の樹(Tree of Life)」として崇められてきました。つまり、ペイズリー柄には以下のような意味が込められています。

  • 繁栄
  • 多産
  • 長寿(不老長寿)
  • 再生

エトロが描くペイズリーは、単なる装飾図案ではありません。それは身につける人を守り、繁栄をもたらす「タリスマン(お守り)」としての役割を担っているのです。

エトロの発明「ニュー・トラディション」

ジンモ・エトロの功績は、伝統的な柄をただコピーしただけではありません。彼はそこに、イタリアらしい革新的な息吹を吹き込みました。

本来、アンティークのカシミール紋様は、赤茶色や黒といった重厚で地味な色合いが主流でした。しかしエトロは、そこに鮮やかなイエロー、ターコイズブルー、フューシャピンクといった「色彩」を加えました。

さらに、現代の技術であるビニールコーティングや、立体的なジャカード織りを駆使することで、ペイズリーをモダンで使いやすい素材へと進化させたのです。

この「伝統(Tradition)と革新の融合」を、エトロでは「ニュー・トラディション」と呼んでいます。古臭い骨董品を、最新のモードへと昇華させる手腕こそが、エトロの真骨頂と言えるでしょう。

まとめ:エトロを纏うことは、歴史を纏うこと

エトロのアイテムを手に取ったとき、ぜひその細部を見てみてください。

プリントの精緻